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五郎びつ

昔、栃木県今市の小百川沿いにある一本杉という村に、五郎という石屋が住んでいた。五郎は二十歳を過ぎても頭がぼんやりとしたような男で、
田畑は耕さず嫁の貰い手もなかったが、仕事には熱心で竈の注文があれば穴沢、宿、下の沢といった遠くの村まで届けに行った。
小百の村々では順調な天候のおかげで暮らしに困る事はなかったが、いつの頃からか五郎は何やら大きな物を作り始め、
一本杉の旦那の娘が穴沢へ嫁ぐ頃にそれは石櫃となった。一方五郎の作る竈の評判も日増しに良くなり、
遠く原宿、高畑の方からも注文が来るようになると代金は粟や稗から銭へと変わり、五郎はその銭で栗山から来る米商人から米を二合、三合買っていった。
それから十年後の冬、雪の少ない日が続き、春が過ぎ夏になっても川から水が流れず小百一帯は大飢饉に見舞われた。
一本杉でも麦は枯れ果て、山の実も採れずで手遅れとなっており、旦那が蓄えていた稗と粟も底を尽いてしまった。
そして小百の村々から飢え死にの噂が相次ぐようになったある日、突然五郎が旦那の元を訪ね自分の小屋に来て欲しいと言う。
不思議に思った旦那が小屋に来てみると五郎が石櫃の蓋を開け、中には五郎が十年間少しずつ買ってきた米がぎっしりと蓄えられていた。
石櫃の米があれば芋の獲れる時期まではなんとか食い繋げると算段がつき、一本杉の人々は命拾いをした。
ところが穴沢に嫁いだはずの旦那の娘が子連れで一本杉に戻ってきた。聞けば穴沢は自分達を除いて全滅したと言うが、こうなると誰か一人米の分配からあぶれなければならない。そうして五郎は、ある決心をする。
その後、五郎の姿は見えなくなった。村を救った五郎の石櫃は「五郎びつ」と呼ばれ大切にされ、日照りの時に石切りの跡の穴へ石を投げ込むと、必ず雨が降ると言われるようになった。
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